織田翔希選手の中学時代の成績や、どのような野球人生を歩んできたのか気になっている方も多いのではないでしょうか。
織田翔希選手は、福岡県北九州市立足立中学校で軟式野球をプレーしていました。
中学3年時には全国中学校軟式野球大会に出場し、最速143km/hを記録。投手としてだけでなく、4番打者としてもチームを引っ張る活躍を見せています。
その後は高校野球の名門・横浜高校へ進学し、150km/hを超える速球を投げる投手へと成長しました。
この記事では、
- 織田翔希の中学時代の成績
- 出身中学校や中学時代の野球歴
- 全国大会での投手・打撃成績
- なぜ中学時代は軟式野球だったのか
- 小学校から横浜高校までの成長
- 投球フォームや制球力が向上した理由
について詳しく紹介します。
織田翔希の中学成績は?意外な学歴も紹介
織田翔希選手の中学時代で特に注目されるのが、硬式クラブチームではなく、北九州市立足立中学校の軟式野球部でプレーしていたことです。
中学3年時には全国大会に出場し、全国の舞台で投打に存在感を示しました。
織田翔希の出身中学校は北九州市立足立中学校
織田翔希選手の出身中学校は、福岡県北九州市にある北九州市立足立中学校です。
中学時代は学校の軟式野球部に所属していました。
現在では150km/hを超える速球を投げる高校球界注目の投手として知られていますが、中学時代は硬式野球ではなく軟式野球で経験を積んでいたことになります。
中学軟式から高校野球の名門・横浜高校へ進学した経歴は、織田翔希選手の成長を振り返るうえでも大きなポイントといえるでしょう。
全国中学校軟式野球大会に出場
織田翔希選手は中学3年だった2023年夏、第45回全国中学校軟式野球大会に出場しています。
北九州市立足立・富野中学校の選手として全国大会のマウンドに立ち、全国レベルの打者を相手に登板しました。
大会で確認できる投手成績は以下の通りです。
- 登板:2試合
- 投球回:5回2/3
- 被安打:4
- 奪三振:9
- 与四球:2
- 被本塁打:0
- 防御率:約3.18
5回2/3を投げて9奪三振を記録しており、三振を奪える能力の高さがうかがえます。
また、与四球が2つに抑えられていることから、速い球を投げるだけでなくストライクゾーンで勝負できる投球も見せていました。
出典元:一球速報.com「北九州市立足立・富野中学校 チームメンバー」
中学時代に最速143km/hを記録
織田翔希選手が中学時代から注目された大きな理由の一つが球速です。
中学3年時には、軟式球で最速143km/hを記録しています。
中学生の段階ですでに140km/hを超える速球を投げていたことから、その後の成長にも大きな注目が集まりました。
高校進学後にはさらに球速を伸ばし、150km/h台へ到達しています。
中学時代の143km/hは、現在の投球につながる一つの原点だったといえそうです。
織田翔希は打者としてもすごかった?
織田翔希選手は、中学時代から投手だけに専念していたわけではありません。
全国大会では4番打者としても出場し、打撃でも結果を残しています。
全国大会では打率約.429
全国大会2試合の記録では、織田翔希選手は打率約.429を記録しました。
特に2023年8月19日に行われた松本国際中学校との試合では、
3打数2安打・1本塁打
という成績を残しています。
全国大会という大舞台で本塁打を記録していることからも、投手だけでなく打者としても高い能力を持っていたことが分かります。
出典元:一球速報.com「松本国際中学校 vs 北九州市立足立・富野中学校」
投手として速球で相手打者を抑えながら、打者としては4番を任される。
中学時代から投打の両方でチームの中心的な存在だったことがうかがえます。
織田翔希はなぜ中学時代に軟式野球だった?
織田翔希選手について調べると、
「これほど速い球を投げられたのに、なぜ硬式クラブチームではなく軟式野球だったの?」
と疑問に思う方もいるかもしれません。
ただし、織田翔希選手本人が中学時代に軟式野球を選んだ具体的な理由については、公表されている情報だけでは断定できません。
そのため、
「故障を防ぐためだった」
「家庭の事情だった」
「近くに硬式チームがなかった」
などと決めつけることはできません。
確認できるのは、北九州市立足立中学校で軟式野球を続け、その環境の中で全国大会に出場するまでに成長したという点です。
結果的に中学軟式で磨いた投球が評価され、高校野球の名門・横浜高校へ進学しています。
織田翔希の成長の原点は小学生時代から
織田翔希選手の野球人生は、小学校時代から始まっています。
小学校1年生から野球を始め、北九州市の「足立クラブ」でプレーしたとされています。
その後、
↓
北九州市立足立中学校
↓
全国中学校軟式野球大会出場
↓
横浜高校へ進学
という道を歩んできました。
中学3年時には全国大会を経験し、全国レベルの選手を相手に投手・打者の両方で実戦経験を積んでいます。
こうした経験が、その後の横浜高校での成長につながったと考えられます。
中学軟式から横浜高校で150km/h超へ
中学時代に最速143km/hだった織田翔希選手は、横浜高校へ進学するとさらに球速を伸ばしました。
高校では早い段階からベンチ入りし、2年生になると150km/h台を計測。
中学時代からすでに注目されていた速球が、高校の練習や実戦を通じてさらに進化したことになります。
単純に球速だけを見ると、
↓
高校時代:150km/h台
と大きく伸びています。
中学時代の全国大会経験や投球の基礎に、横浜高校でのトレーニングや指導が加わったことで、全国でも注目される投手へ成長していったのでしょう。
織田翔希の投球フォームや制球力向上の秘訣
織田翔希選手は球速だけでなく、投球フォームや制球面でも成長を続けています。
特に2025年夏の甲子園では、フォームの変化が注目されました。
投球フォームを変更
2025年夏には、従来のセットポジション中心の投球から、ノーワインドアップを取り入れたフォームへ変更したと報じられています。
捕手の駒橋優樹選手も、フォーム変更後について、球のばらつきが少なくなり、球数を抑えられるようになったという趣旨のコメントをしています。
単に球速を追い求めるのではなく、安定してストライクゾーンへ投げ込むためのフォームを模索してきたことが分かります。
出典元:スポーツブル
キャッチボールからフォームを見直した
織田翔希選手の成長を支えているのが、基本を大切にする練習です。
2025年春の関東大会終了後には、監督からキャッチボールについて指導を受け、投球フォームを一から見直したと報じられています。
キャッチボールの段階から理想とするボールの軌道を意識し、フォームを確認しながら投げる練習を続けました。
こうした基本練習の積み重ねによって、球速だけでなく制球面にも安定感が生まれたとみられます。
出典元:日刊スポーツ
織田翔希の中学時代が現在につながっている
現在の織田翔希選手を見ると、150km/hを超える速球に注目が集まりがちです。
しかし、その土台をたどっていくと、中学軟式時代の経験に行き着きます。
北九州市立足立中学校で軟式野球を続け、
- 全国大会に出場
- 最速143km/h
- 2試合で9奪三振
- 4番打者として出場
- 全国大会で本塁打を記録
など、投打の両面で結果を残しました。
その後、横浜高校へ進学して150km/h台まで球速を伸ばしています。
中学軟式から全国屈指の強豪校へ進み、高校でも成長を続けている点は、織田翔希選手の経歴の中でも特に興味深い部分です。
織田翔希選手は、中学時代の軟式野球で培った経験を土台に、横浜高校へ進学してからさらに大きく成長しています。
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まとめ
今回は「織田翔希の中学成績は?意外な学歴と成長の原点を解説!」と題して、中学時代の成績や野球歴について紹介しました。
織田翔希選手は、福岡県北九州市立足立中学校で軟式野球をプレーし、中学3年時には全国中学校軟式野球大会に出場しています。
全国大会では投手として5回2/3を投げて9奪三振を記録し、最速143km/hの速球でも注目を集めました。
さらに4番打者としても出場し、松本国際中学校戦では3打数2安打1本塁打を記録するなど、投打の両面で活躍しています。
その後は高校野球の名門・横浜高校へ進学し、球速は150km/h台までアップ。
高校ではキャッチボールからフォームを見直すなど、基本を大切にしながら投球の安定感も高めています。
中学軟式で全国大会を経験し、横浜高校でさらに大きく成長した織田翔希選手。
今後どこまで成長していくのか、引き続き注目される選手です。

